<東京オリンピック(五輪):卓球>◇26日◇混合ダブルス決勝◇東京体育館
水谷隼(32=木下グループ)、伊藤美誠(20=スターツ)組の日本が、世界王者の許■(■は日ヘンに斤)、劉詩〓(雨カンムリに文の旧字体)組の中国を4-3で破り、日本卓球界初の五輪金メダルを獲得した。過去4度の対戦で未勝利の相手に、5度目の挑戦で初勝利。前回までの五輪3大会で全種目、金メダルを独占していた「卓球王国」中国の風穴を開けた。水谷は16年リオ五輪の男子団体銀、男子シングルス銅に続く3つ目、伊藤はリオ五輪の女子団体の銅に続く2つ目となるメダル獲得となった。
金メダルを決めた瞬間、そろって両手を突き上げ、直後に抱き合って喜びを爆発させた。水谷は「本当に、中国という国に今までたくさん五輪、世界選手権で負けてきた。この東京五輪で、今までの全てのリベンジができたんじゃないかと思う。本当にうれしい」と、興奮気味に声を弾ませた。伊藤は「すんごくうれしいです! 最後まであきらめずにできたので、すごく最後まで楽しかったです」と話し、笑顔がはじけた。
第1ゲームは4連続失点で始まった。伊藤の強打は決まらず、逆に中国の男子選手、サウスポーの許はフォアハンドの強打が好調だった。0-4から水谷がフォアの強打を、伊藤がサーブを決めて連続得点したが、地力に勝る中国から主導権を奪い返すことはできず、第1ゲームを5-11で落とした。
第2ゲームも一時は1-8と大量リードを許した。だが日本が4連続得点して5-8と追い上げると、中国は試合中に1度しか権利がないタイムアウトを早々と使った。点差や試合展開以上に、中国を焦らせていた。タイムアウト直後から、中国の方が得点するたびに大声を出して喜びを爆発させていった。第2ゲームは7-11と落としたが、徐々に流れを引き寄せ始めていた。
するとついに、第3ゲームを取り返した。追い掛ける展開から、終盤に8-7と逆転。そのまま再逆転を許さず、最後は伊藤が飛び跳ねるように、フォアから強打を決めて1ゲームを取り返した。第4ゲームも同様に後半、7-6と逆転すると、再逆転を許さず11-9と2ゲームを連取。流れは日本に傾いていった。
第5ゲームを日本が取って先に王手をかけたが、中国も王者の意地で第6ゲームを取り返し、逆王手をかけられた。運命の最終第7ゲーム。先取点を奪った勢いそのままに、一気に8-0とリードを広げた。そのまま逃げ切り、2人は喜びを爆発させた。
◆水谷隼(みずたに・じゅん)1989年(平元)6月9日、静岡県磐田市生まれ。5歳から父信雄さんが代表を務める豊田町スポーツ少年団で競技を始め、青森山田中-青森山田高-明大。07年全日本選手権シングルスを17歳7カ月で当時、史上最年少制覇。08年北京、12年ロンドン五輪出場。16年リオ五輪ではシングルスで男女を通じて日本人初のメダル(銅)を獲得し、男子団体でも銀メダルに輝いた。172センチ、63キロ。]
◆伊藤美誠(いとう・みま)2000年(平12)10月21日、静岡県磐田市生まれ。豊田町卓球スポーツ少年団で腕を磨く。15歳で出場した16年リオ五輪で団体銅メダル。18、19年の全日本選手権で3冠。19年世界選手権個人戦ダブルス銀メダル。世界ランキングが現行制度となった91年以降で日本勢最高の2位をマークした。大阪・昇陽高出身。152センチ。
卓球・水谷隼&伊藤美誠が悲願の金!王国中国の壁破り 卓球史上初 - ニッカンスポーツ
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